1.歴史と基本
一目均衡表は、戦前の都新聞(現在の東京新聞)の証券部に在籍していた一目山人(本名は細田吾一)が考案した相場観測法です。
その理論は、1969年刊行の『一目均衡表』、1971年刊行の『一目均衡表 完結編』『一目均衡表 週間編』など全7巻にまとめられています。
ただ、これらの書籍は、当時、非常に高価だったので、1980年代までは、あまり一般に知られていない秘法的分析法でした。
転機になったのは、1996年に、佐々木英信の『一目均衡表の研究』が刊行されたことです。
同書によって、一目均衡表が広く知られることになりました。
近年は、デビッド・リントンが『Cloud Charts』を著したことにより、海外でも知られるようになりました。
一目均衡表は「波動」「水準」「時間」の3要素を骨子とした総合的・体系的な相場観測法です。
一目山人は「値段よりも時間」と述べていて、3要素で最も重視されているのが時間です。
ほとんどのテクニカル分析が価格の変動の分析に集中しています。
そうした中で、相場転換での時間の関わりに重きを置く考え方は、一目均衡表の最大の特徴と言えます。
一目均衡表では、相場の先行きを予測するにあたって、「相場の現在性」を知ることが重要であるとされます。
この「相場の現在性」を把握するため、「転換線」「基準線」「先行スパン1」「先行スパン2」「遅行スパン」という5つの指標が用意されています。
これら5つの指標と実際の相場(当日値)との関係などから、現在の買い手と売り手との力関係を探ります。
そして、「時間」と「水準」の分析によって、それらの均衡が破れ、相場が動き出したときの将来的な新たな均衡点を見出していきます。
最も重要な要素である「時間」については、「基本数値」と「対等数値」という2つの考え方によって、将来の均衡点に向けて、相場の基調に変化が生じやすい時間帯(変化日)を探ります。
「水準」は、過去の値幅観測に基づく予測計算値から算出されます。
予測計算値は絶対的なものではなく、「時間」論と「波動」論との兼ね合いが大事となります。
変化日が到来する時期に予測計算値を実現し、天井打ちや底入れなどの転換が起きやすいと考えます。
2.描画法(相場の現在性を示す5つの指標)
(1)転換線
当日を含む過去9日間の最高値と最安値の中値(平均値)を当日にプロットしたものです。
(2)基準線
当日を含む過去26日間の最高値と最安値の仲値(平均値)を当日にプロットしたものです。
(3)先行スパン1
転換値と基準値の平均値を、当日を含む26日先(未来)にプロットしたものです。
(4)先行スパン2
当日を含む過去52日間の最高値と最安値の平均値を、当日を含む26日先(未来)にプロットしたものです。
(5)遅行スパン
当日の終値を、当日を含む26日前(過去)に遡ってプロットしたものです。
3.解釈の基本
(1)転換線と基準線
転換線と基準線は、狭義の均衡表とされます。
まず、それぞれの方向性そのものを見ます。
次に、転換線・基準線・実線(終値)の位置関係を見ます。
基準線を相場の基調と考え、基準線が右上がりであることを前提条件として、
基準線より下にあった転換線が基準線を上回ることを「好転」と言い、
上昇基調への転換を示すシグナルとみなします。
逆に、基準線が右下がりであることを前提条件として、
基準線より上に合った転換線が基準線を下回ることを「逆転」と言い、
下落基調への転換を示すシグナルとみなします。
転換線と基準線は移動平均線と似ています。
ですが、移動平均線と異なり、しばしば横ばいで推移します。
計算に用いる高値や安値が「節目となる」高値や安値であれば、転換値や基準値が変化しないからです。
転換値と基準値が、移動平均のように、連続的に変化するのは、あくまで、計算に用いる高値や安値が「節目となる」高値や安値でない場合です。
つまり、実線が「節目となる」高値と安値の往来であれば、転換線と基準線は水平となります。
これに対して、トレンドが出ている場合には、転換線と基準線は傾いていきます。
(2)遅行スパン
遅行スパンは、26日前と現在の価格を比較した指標なので、実線と並行する線となります。
上昇トレンドですと、現在の価格(遅行スパン)は26日前の価格を上回っています。
遅行スパンが26日前の価格を上回る状況を「遅行スパンの好転」と言い、上昇基調への転換シグナルとみなしされます。
逆に、下降トレンドですと、遅行スパンは26日前の価格を下回っています。
遅行スパンが26日前の価格を下回る状況を「遅行スパンの逆転」と言い、下降基調への転換シグナルとみなされます。
遅行スパンが好転するタイミングは、25日移動平均が右上がりに転じるタイミングと一致します。
また、逆転するタイミングは、25日移動平均が右下がりに転じるタイミングと一致します。
一目山人は、「遅行スパンだけは断じてゆるがせにしてはならない」としています。
(3)先行スパン
先行スパン1と先行スパン2に挟まれた帯状の部分を「抵抗帯」と言います。
「雲」という俗称もあり、一目均衡表を象徴する視覚的特徴の一つとなっています。
以下、「抵抗帯」のことを「雲」と呼ぶことにします。
実線が雲より上にあるときは、上昇トレンド、実線が雲より下にあるときは、下降トレンドと判断します。
上昇トレンドで、雲は反落したときの下値支持となり、下降トレンドでは、上値抵抗として作用します。
したがって、雲を突破する状況は基調転換を意味します。
先行スパン1は先行スパン2より短期の仲値を表しています。
その結果、上昇トレンドでは、先行スパン1>先行スパン2、下降トレンドでは、先行スパン1<先行スパン2の位置関係にあります。
先行スパン1と先行スパン2が交差する局面は、雲の「ねじれ」と言って、トレンド転換の可能性を示唆します。
特に、基準線や転換線など他の指標も集積する局面では、相場の基調の変化を暗示します。
4.「波動」論
一目均衡表の骨子の一つである「波動」論は極めてシンプルです。
波動は「基本波動」と「中間波動」に分けられます。
「基本波動」には「I波動」「V波動」「N波動」の3つがあります。
「I波動」は、上げ(下げ)の1波動です。
「V波動」は、上げ+下げ(下げ+上げ)の2波動です。
「N波動」は、上げ+下げ+上げ(下げ+上げ+下げ)の3波動です。
特に重要なのは「N波動」です。
3段上げ(上げ・下げ・上げ・下げ・上げ)や3段下げ(下げ・上げ・下げ・上げ・下げ)は5波動ですが、「N波動」の2連続と見ることもできます。
一目均衡表の「波動」論は時間との関りが重要です。
「N波動」が連続する限り、上昇(下降)トレンドは継続すると柔軟に考えます。
「中間波動」には「P波動」と「Y波動」があります。
「P波動」は、上値が切り下がると同時に下値が切り上がるパターン(縮小型)で、三角保ち合いに相当します。
「Y波動」は、上値が切り上がると同時に下値が切り下がるパターン(拡大型)で、拡大三角形に相当します。
中間波動(P波動やY波動)は、次の基本波動(N波動)に移るまでの過渡的な波動です。
基本波動と異なり、大勢の波動で中間波動が生じることは、ほとんどないとされる。
「水準」論
「水準」論は、値幅観測によって波動の均衡値を探るものです。
ここでは、まず、N波動の均衡値を取り上げます。
⑴N計算値、⑵V計算値、⑶E計算値、⑷NT計算値の4つがあります。
以下、順に説明します。
1)N計算値(基本となる計算値)
上昇局面では、A(N波動の起点となる安値)、B(上昇して付けた節目となる高値)、C(下降して付けた節目となる安値)の3点を使って計算します。
AからBへの上昇幅をCに加えると、N計算値となります。
計算式は、N=C+(B-A)となります。
下降局面では、A’(N波動の起点となる高値)、B’(下降して付けた節目となる安値)、C’(上昇して付けた節目となる高値)の3点を使って計算します。
A’からB’への下落幅をC’から減じると、N計算値となります。
計算式は、N=C’-(A’-B’)となります。
2)V計算値(倍返し、継続の計算値)
上昇局面では、BからCへの下落幅の2倍値をCに加えると、V計算値となります。
計算式は、V=C+(B-C)×2=B+(B-C)となります。
下降局面では、BからCへの上昇幅の2倍値をCから減じると、V計算値となります。
計算式は、V=C-(C-B)×2=Bー(C-B)となります。
3)E計算値(最大の計算値)
上昇局面では、AからBへの上げ幅をBに加えると、E計算値となります。
計算式は、E=B+(B-A)となります。
下降局面では、AからBへの下げ幅をBから減じると、E計算値となります。
計算式は、E=B-(A-B)となります。
4)NT計算値(最小の計算値)
上昇局面では、AからCに安値を切り上げた値幅をCに加えると、NT計算値となります。
計算式は、NT=C+(C-A)となります。
下降局面では、AからCに高値を切り下げた値幅をCから減じると、NT計算値となります。
計算式は、NT=C-(A=C)となります。
経験上、NT計算値が出現するのは、極めて稀とされているので、
他の3つ(N計算値、V計算値、E計算値)だけ覚えておけばよいと思っています。
次に、Y波動(拡大型波動)の均衡値はどうでしょうか。
前回の高値から高値が切り上がった値幅分を前回の安値から同値幅切り下げたポイントが均衡値となります。
さらに、P波動(縮小型波動)の均衡値はどうでしょうか。
前回の高値から高値が切り下がった値幅分を前回の安値から同値幅切り上げたポイントが均衡値となります。
最後に、「水準」論の注意点です。
予測計算値の算出は簡単です。
ただ、一目山人が強調しているように、均衡点は「波動」や「時間」との兼ね合いで決まるものです。
このことを理解した上で、活用することが肝要です。
6.「時間」論
(1)基本数値
一目山人の研究から導かれた定数で、単純基本数値と複合基本数値があります。
単純基本数値は、9、17、26です。
複合基本数値(単純基本数値の組み合わせから導かれる数値)には、33、42、65、76、129
、172、200などがあります。
(2)対等数値
対等数値は、過去の高値や安値に影響した時間が、その後の高値や安値に影響を及ぼすという考え方に基づいて導かれます。
対等数値が採用されるのはN波動までです。
過去の3波動(I波動➡V波動➡N波動)からの影響が、その後の1~3波動に影響すると考えます。
(3)変化日
これら基本数値と対等数値、それぞれの複合した時間帯から、相場の基調が変化する時間帯である「変化日」を探っていきます。
「変化日」は、相場の基調が反転する「転換日」だけではありません。
それまでの基調が加速する「助長日」、あるいは、短期変化日が延長するよう作用する場合もあります。
いずれにしても、「変化日」の決定を「波動」論から切り離すことはできません。
「波動」論、「水準」論、各指標などとの総合判断から決定していくことが大事です。
7.留意点
(1)強力抵抗相場
一目均衡表の各指標は、相場の現在を知り、将来を予測する上で有用と考えられています。
ですが、時には、「好転」あるいは「逆転」しても、相場がそれになびかず、反対方向へ動いてしまうこともあります。
このような状況を「強力抵抗相場」と言います。
(2)手作業の集計結果
一目均衡表は、多数の個別銘柄について、価格変化の周期性や変化率を調べ、最大公約数的な特徴を集大成したものです。
しかし、これらの集計は手作業で行われたため、客観的な信頼性について、疑念が残るのは否めません。
例えば、銘柄ごとに特性が異なるにもかかわらず、基本数値などが共通でよいのかという素朴な疑問があります。
(3)市場の規制や効率性の変化
当時と現在とでは、市場の規制や効率性が異なります。
当時は、新聞などで時間をかけて伝わった情報も、現在なら、ネットで瞬時に国内外に伝わります。
したがって、昭和初期に観察された市場の変動特性が現在も同じという保証はありません。
現在であれば、コンピューターによる統計解析で、個別銘柄ごとの最適な基本数値や各種の計算値を導くことができる可能性があります。
これは、伝統的手法を用いる場合に共通の注意点でもあります。