1.歴史と基本
A・W・コーエンが1968年に出した本に、ニューヨーク証券取引所に上場している銘柄を対象に、様々な市場趨勢指標が紹介されていました。
英語ではMarket Breadthといい、直訳すれば「市場の広さ」ですが、日本では「物色の広がり」と言うことが多く、「市場趨勢」も同じ意味で使われています。
市場趨勢指標は、市場環境の好転と悪化を示唆しており、個別銘柄の騰落を直接的に判断する指標ではないものの、投資環境の好悪を判断する上で重要な指標と言えます。
また、市場趨勢指標は、市場に参加する投資家で強気の見通しを持つ投資家の比率を示していると考えられます。
つまり、市場心理の変化の方向を示しているのです。
投資家の心理は日々様々な情報を織り込んで変化するので、市場趨勢指標は一直線に変化することはありません。
なので、変化の傾向を見ることが重要になります。
2.各局面での指標の動き方
1)上昇局面での市場趨勢指標の上昇
景気の拡大局面では、業績好転の企業が増え、それに合わせて価格が上昇する銘柄が増えます。
このような局面では、全上場銘柄数に占める株価上昇銘柄の比率は、50%を超えて高くなります。
景気拡大の影響が広がるにつれて、業績が好転する企業はますます増えるので、市場趨勢指標は上昇を続けます。
市場で取引される個々の銘柄について、強気の見通しを持つ投資家が増えている間は、市場趨勢指標は上昇を続けると解釈することもできます。
株価指数が上昇している局面では、株価指数に影響の大きい特定の銘柄だけが上昇している可能性もあります。
しかし、市場趨勢指標が上昇していれば、特定の銘柄に限らず、多数の銘柄に強気見通しが広がっていることを示唆しています。
つまり、株価指数も市場趨勢指標も上昇する局面では、相場の勢いが強いと判断してよいのです。
2)上昇局面での市場趨勢指標の下落
では、株価指数が上昇しているのにもかかわらず、市場趨勢指標は下降に転じたときは、どうでしょうか。
株価指数に影響の大きい銘柄では株価上昇が続いているものの、そうでない大多数の銘柄の株価は上昇しなくなっていることを意味します。
重要な経済指標の発表や総選挙の開票など、市場に影響のある日程が接近すると、その結果を確認するまで、市場全体で取引が手控えられることがあります。
そのような場合、市場趨勢指標は低下しやすくなります。
しかし、注意しなければならないのは、相場自体が反落に転じる前兆があることです。
市場趨勢指標は、水準(指標が中立を上回っているか下回っているか)も重要ですが、変化の方向(上昇傾向にあるのか下降傾向にあるのか)も重要となります。
3)下降局面での市場趨勢指標の下降
景気の後退局面では、業績悪化の企業が増え、それに合わせて価格が下落する銘柄が増えます。
このような局面では、全上場銘柄数に占める株価上昇銘柄の比率は、50%を下回って低くなります。
景気後退の影響が広がるにつれて、業績が低迷する企業はますます増えるので、市場趨勢指標は下降を続けます。
市場で取引される個々の銘柄について、弱気の見通しを持つ投資家が増えている間は、市場趨勢指標は低迷を続けると解釈することもできます。
株価指数が下降している局面では、それ自体、市場に弱気見通しが広がっていることを示唆しています。
また、市場趨勢指標の低下は、弱気見通しの銘柄が増えていることを示唆しています。
つまり、株価指数も市場趨勢指標も低下する局面では、相場の勢いが弱いと判断してよいのです。
4)下降局面での市場趨勢指標の上昇
株価指数の下降ペースが鈍化し、底入れ接近が期待される場面となっても、市場趨勢指標が低迷している間は、市場参加者の投資意欲は低いことが示唆されます。
しかし、株価指数が低位横ばいを続けている中、市場趨勢指標が上昇傾向となった場合は、底入れ接近のシグナルとして注目されます。
個々の銘柄で強気の見通しを持つ投資家が増え始めたことを意味しており、ダウ理論に言う弱気相場の最終段階を迎えた可能性があるからです。
3.使用上の留意点
1)値嵩(ねがさ)品薄株と低位大型株の影響
景気が好転するなどして市場全体で買い意欲が強まり、様々な銘柄が買われている状況では、銘柄選択が多少大雑把でも、買い建てで利益が上げやすいと予想されます。
しかし、景気が低迷するなどして市場全体で買い意欲が乏しく、多くの銘柄で投資が見送られれている状況では、よほど慎重に銘柄を選んでも、利益を上げることは難しくなります。
市場趨勢指標では、市場全体の動向を知るために、前日比で上昇した銘柄や下降した銘柄の数や出来高、高値・安値を更新した銘柄数などに着目します。
しかし、市場趨勢指標の多くは、株価水準を考慮していません。
市場には、値嵩株(人気が高いものの発行済み株式数が少ないために価格が高水準にあります。)もあれば、低位株(人気がそれほどないものの、発行済み株式数も多いために、時価総額は大きく、価格は低水準にあります。)もあります。
市場趨勢指標の多くでは、値嵩株も低位株も同列に扱われてしまうので、常に市場の動向を正しく反映しているとは限りません。
2)HFTの影響
ネット取引やコンピューターを利用した自動売買による出来高増加の影響も考慮する必要があります。
これらの取引の中には、日中に何回も売買するものがあります。
特に、コンピューターを利用した高頻度売買(HFT)は、1000分の1秒単位で売買を繰り返すため、日々の出来高を大幅に増大させ、価格推移にも影響を与えている可能性があります。
この結果、出来高や値動きは、HFTが登場する前ほど実需を反映しているとは言えず、出来高指標や市場趨勢指標も市場全体の動向を反映しているとは言えない可能性が出てきています。
市場趨勢指標は、市場全体の動向を示唆するものであり、個別銘柄のタイミングは示唆しません。
その市場を代表する株価指数に連動する上場投信(ETF)や株価指数先物のタイミング指標になり得るのみです。
その場合でも、市場全体を監視する市場趨勢指標は、変化の兆しを察知するような俊敏さはなく、遅行性が大きい可能性があります。
なので、市場趨勢指標の変化をシグナルとする投資戦略では利益が出ない可能性があります。
あくまで市場の現状を確認する指標と考えた方がよさそうです。
3)計算の難しさ
市場趨勢指標の計算には、その市場に上場する全企業の株価や出来高のデータが必要となります。
そのため、QUICK、ブルームバーグ、ロイターなどの有料の情報サービスを利用する必要があり、個人投資家向きではありません。
出来高指標が個別銘柄の需給を見ているのに対し、市場趨勢指標は市場全体の需給動向を見ています。
そのため、出来高指標が短期投資に適しているのに対し、市場趨勢指標は長期投資用です。
その意味からしても、市場趨勢指標は、機関投資家などのプロ向きの指標と言えます。
4.具体的な指標の分類
市場趨勢指標には、MA上位銘柄比率、アームズ指数、オープンアームズ、ブレドス差、ブレドス比、騰落レシオ、騰落株線、ADライン、マクレランオシレーター、マクレラン累積指数、新高値-新安値指数、新値レシオ、NH-NLレシオ、騰落出来高、騰落出来高レシオ、評価損益率など、多数のものがあります。
ほとんどが上場されている市場の「銘柄数」の差や比率を計算するものですが、どのような属性に着目するかによって4つのカテゴリーに分類できます。
⑴単純に上昇・下降に着目するもの、⑵新値更新の有無に着目するもの、⑶移動平均を加味するもの、⑷出来高を加味するものの4つです。
⑴に分類されるのは、①ブレドス差、②ブレドス比、③騰落株線、④ADラインです。
⑵に分類されるのは、①新高値-新安値指数、②新値レシオ、③NH-NLレシオです。
⑶に分類されるのは、①MA上位銘柄比率、③騰落レシオ、③マクレランオシレーター、④マクレラン累積指数です。
⑷に分類されるのは、①騰落出来高、②騰落出来高レシオ、③アームズ指数、④オープンアームズ、⑤評価損益率
以下、⑴⑵⑶⑷の順に説明していきます。
⑴単純に上昇・下降に着目するもの
⑴①ブレドス差(Breadth Difference)
BD=|終値が前日(週)比で上昇した銘柄数ー終値が前日(週)比で下落した銘柄数|
BDは上昇銘柄数と下落銘柄数の絶対差なので、いずれが増えるにせよ値が大きくなります。
つまり、BDの値が極端に大きくなったときは、市場全体が強気又は弱気に傾いていることを示唆します。
ですが、上昇と下降のどちらの勢いが強いのかBDで知ることはできません。
また、市場が異なれば上場銘柄数も変わるので、BDでは、異なる市場間の勢力差の比較はできません。
⑴②ブレドス比(Breadth Ratio)
BR=終値が前日(週)比で上昇した銘柄数÷終値が前日(週)比で下落した銘柄
比率で表すBRですと、勢いの強さに加えて、強気と弱気のどちらが強いかも分かります。
また、異なる市場間で物色人気の強弱を比較できます。
⑴③騰落株線
騰落株線=終値が前日(週)比で上昇した銘柄数+終値が前日(週)比で下落した銘柄数+前日の騰落株線
騰落株線は、ブレドス差を絶対値とせずに累計したもので、市場全体で強気と弱気がどのように推移しているか変化を見るものです。
上昇(下降)相場が続くと、騰落株線も上昇(下降)が続きます。
揉み合い相場では、騰落株線は横這いとなります。
⑴④ADライン(Advancing Declining Line)
ADライン❶=(前日(週)比上昇銘柄数ー前日(週)比下落銘柄数)÷(前日(週)比上昇銘柄数+前日(週)比下落銘柄数)
ADライン❷=(前日(週)比上昇銘柄数ー前日(週)比下落銘柄数)÷上場銘柄数
❶と❷の分母はほぼ同じ値であるため、計算結果に大きな違いはないと思われます。
上昇(下降)相場が続くと、ADラインはプラス(マイナス)値が続きます。
ですが、絶対値が累積されるわけではないので、上がったり下がったりします。
揉み合い相場では、ADラインはゼロ近傍で推移します。
⑵新値更新の有無に着目するもの
⑵①新高値-新安値指数(New High – New Low)
NH-NL=52週新高値銘柄数ー52週新安値銘柄数
新高値銘柄数と新安値銘柄数が同数で中立なら、NH-NLは0となります。
NH-NLがプラス(マイナス)値なら、市場全体が強気(弱気)と判断します。
また、NH-NLがマイナス(プラス)値からプラス(マイナス)値に転じれば、買い(売り)シグナルと判断します。
NH-NLは、日々大きく変化するので、短期的な変動幅より、変化の傾向に注目した方がよいでしょう。
⑵②新値レシオ(New High Low Ratio)
NHLR=52週新高値銘柄数÷52週新安値銘柄数
新高値銘柄数と新安値銘柄数が同数で中立なら、NHLRは0となります。
NHLRが1倍以上(未満)なら、市場全体が強気(弱気)と判断します。
また、NHLRが1倍未満(超)から1倍超(未満)に上昇(下降)すれば、買い(売り)シグナルと判断します。
NHLRは、日々大きく変化するので、短期的な変動幅より、変化の傾向に注目した方がよいでしょう。
⑵③NH-NLレシオ(New High – New Low Ratio)
NH-NLレシオ=(52週新高値銘柄数ー52週新安値銘柄数)÷上場銘柄数
NH-NLレシオも「新値レシオ」と呼ばれることもあるが、発想としてはNH-NLに近いです。
⑶移動平均を加味するもの
⑶①MA上位銘柄比率(Above Moving Average Index)
AMAI=終値が移動平均を上回っている銘柄数÷上場銘柄数
考案者不詳の指標です。
終値は週足又は月足を用います。
移動平均の計算期間は任意です。
株価指数が上昇(下降)基調にあるにもかかわらずAMAIが下降(上昇)するときは、株価指数の反落(反発)が接近している可能性があります。
⑶②騰落レシオ
騰落レシオ=BRのn期移動平均
BRは、日々大きく変化しやすいので、移動平均を計算することで市場の傾向を知ろうとするものです。
勢いの強さに加えて、強気と弱気のどちらが強いかも分かります。
計算期間nは任意です。
⑶③マクレランオシレーター(Mcclellan Oscillator)
MOは、シャーマン・マクレランが1970年の著書で発表した指標です。
当日の上昇銘柄数と下降銘柄数の差の推移を見ることで(MACD的に中期的に見る形で)、株式市場全体の需給動向を推測します。
X=上昇銘柄数ー下降銘柄数
MO=Xの19日EMAーXの39日EMA
Xを上昇銘柄数と下降銘柄数の差を上昇銘柄数と下降銘柄数の和で割って算出する方法もあります。
MOがプラス(マイナス)値のときは上昇(下降)銘柄数が増加しつつあると示唆しています。
株価指数が上昇傾向にあるときに、MOがマイナス値からプラス値に転じれば買いシグナル、プラス値からマイナス値に転じれば売りシグナルとされます。
株価指数が下落傾向にあるときに、MOがプラス値からマイナス値に転じれば空売りシグナル、マイナス値からプラス値に転じれば買い戻しシグナルとされます。
⑶④マクレラン累積指数(Mcclellan Oscillator Summation Index)
マクレランは、1970年の著書でMOを累積したMSIも発表しています。
MSI=前記MSI+当期MO
中長期的にインフレ傾向がある場合、累計では、常時、値上がり銘柄数の方が値下がり銘柄数よりも多い可能性があります。
そのため、MSIはマイナス値とならないこともあり得るので、ゼロ水準との交差よりも傾きの変化に注目した方がよいでしょう。
株価指数が上昇傾向にあるときに、MSIが下降から上昇に転じれば買いシグナル、上昇から下降に転じれば売りシグナルとされます。
株価指数が下落傾向にあるときに、MSIが上昇から下降に転じれば空売りシグナル、下降から上昇に転じれば買い戻しシグナルとされます。
⑷出来高を加味するもの
⑷①騰落出来高(Up Down Volume)
UDV=前日比上昇銘柄の出来高合計ー前日比下落銘柄の出来高合計
前日比上昇銘柄の出来高合計と前日比下落銘柄の出来高合計が同数で中立なら、UDVは0となります。
UDVがプラス(マイナス)値なら、市場全体が強気(弱気)と判断します。
また、UDVがマイナス(プラス)値からプラス(マイナス)値に転じれば、強気(弱気)に転換したと判断します。
ただし、出来高の多い低位株(歴史の古い重厚長大型の銘柄が多いです。)の影響が大きくなりやすく、出来高の少ない値嵩株(新興のハイテク銘柄が多いです。)の影響が小さくなりやすい性質があります。
なので、UDVが必ずしも市場の需給を正確に反映するとは限らない点に注意が必要です。
また、日本取引所グループでは、上昇銘柄・下降銘柄の出来高合計を公表していないので、QUICK、ブルームバーグ、ロイターなどの金融情報端末を使って自分で集計する必要があります。
⑷②騰落出来高レシオ(Up Down Volume Ratio)
UDR=前日(週)比上昇銘柄の出来高合計÷前日(週)比下落銘柄の出来高合計
前日比上昇銘柄の出来高合計と前日比下落銘柄の出来高合計が同数で中立なら、UDRは1倍となります。
UDR>(<)1倍なら、市場全体が強気(弱気)に傾いていると判断します。
UDR≧9倍となった場合、特に強いシグナルとして注目します。
また、UDRが1倍を超えてきたら(割ってきたら)、市場が強気(弱気)に転換したと判断します。
ただし、UDVと同様、出来高の多い低位株の影響が大きくなりやすく、出来高の少ない値嵩株の影響が小さくなりやすい性質があります。
なので、UDRも必ずしも市場の需給を正確に反映するとは限らない点に注意が必要です。
また、日本取引所グループでは、上昇銘柄・下降銘柄の出来高合計を公表していないので、やはり情報ベンダー提供のデータを使って自分で集計する必要があります。
⑷②騰落出来高レシオ(Up Down Volume Ratio)
⑷③アームズ指数(TRading INdex)
リチャード・アームズが1967年に発表した指標です。
TRIN=(上昇銘柄数÷下降銘柄数)÷(上昇銘柄の出来高合計÷下降銘柄の出来高合計)
基本的には、TRINが1.0未満(超)の場合は強気(弱気)相場と判断します。買われ(売られ)過ぎ指標としても利用されます。
日本取引所グループでは、上昇銘柄・下降銘柄の出来高合計を公表していないので、QUICK、ブルームバーグ、ロイターなどの金融情報端末を使って自分で集計する必要があります。
⑷④オープンアームズ(10TRIN)
10TRIN=(上昇銘柄数の10日間合計÷下降銘柄数の10日間合計)÷(上昇銘柄の出来高合計の10日間合計÷下降銘柄の出来高合計の10日間合計)
TRINは変動が激しいので、中期的な傾向を捉えようと、10日間の合計値で計算したものです。
基本的な使用方法はTRINと同じです。10TRINが1.0未満(超)の場合は強気(弱気)相場と判断します。買われ(売られ)過ぎ指標としても利用されます。
⑷⑤評価損益率
社内対等金額推計額=社内対等株数×(貸借取引融資金額+自己融資金額)÷(貸借取引融資株数+自己融資株数)
信用買い残評価損益率=(貸借取引融資金額+自己融資金額+社内対等金額推計額)÷2市場(東京と名古屋)信用買い残金額ー1
評価損益率は、-30%~ー10%程度で推移することが多く、プラス値は滅多にありません。
これは、現物決済の金額が反映されていないためとされています。
ー10%に近付いたり、-10%を超えて0に接近すると、市場に過熱感があり、天井を打っての反落への警戒感が高まります。
逆に、-30%に近付いたり、割ったりしてくると、相場が底入れしての反騰への期待感が強まります。